家族も仲がよく、特に不自由もない。
――幸せなはず。
なのに、
時々、母親として苦しくなってしまう。
「私って、愛情不足なのかな?」
そんなふうに自分にガッカリしてしまうこと、ありませんか。
実は、こうして親としての自分に自信をなくしている人は、意外と多いのです。
何も不自由はないはず。
幸せなはず。
それは自分でも、よくわかっている。
だからこそ、
そう感じてしまう自分を責めてしまう。
――でも、これって、結構つらい状態ですよね。
もちろん、私もそうでした。
自分で自分を許せなくなると、気づかないうちに「不機嫌オーラ」をまとってしまうからです。
そして、
不機嫌な自分にまたガッカリして、さらに落ち込む……
そんなループに、ずっとはまっていました。
今日は、私が約20年子育てを学んできて感じている、母親の不機嫌オーラの原因のひとつ「日常の対立」について、考えてみたいと思います。
不機嫌オーラがにじみ出るのは、満たされていない想いが残っているから
もし、子どもとの暮らしの中で、
なんとなくモヤっとした不機嫌さが残っているとしたら。
それは、対立したときの解決のしかたに原因があるのかもしれません。
ここで言う「対立」とは、
親と子で、やりたいことや考えが食い違い、お互いの「欲求(親業ではこう呼びます)」がぶつかっている状態のことです。
たとえば――
どれも、日常でよくある場面ですよね。
実は、多くの親子トラブルや不満は、
この「欲求の対立」と、その解決のしかた を変えていくだけで、案外とスルスルと整ってくることがとても多いのです。
親が押しきるか、子どもに譲るか
ひと昔前、昭和世代の子育てでは、「去年の服を着ておきなさい!すぐ大きくなるんだから」と、親が決めて、子どもは渋々従う――
そんな光景も珍しくなかったかもしれません。(はい、私もビンゴ世代です)
一方、今の子育てでは、「もう、しょうがないわね……」内心モヤっとしながらも、子どもの希望をかなえてあげる、という場面も多いのではないでしょうか。
でも、このとき――
どちらにしても、どこかに不満が残るのです。
こうした積み重ねが、少しずつ親子関係を微妙にしていきます。
実はこれ、
「子ども優先」にしたはずなのに、なぜか苦しい
私自身、
昭和的な「親主導の子育て」がどうしてもイヤで、「子ども優先」でいこうと、かなり頑張りました。
ところが、しばらくすると、理由のわからない苦しさや、追い詰められる感じが出てきたのです。
「親主導」が当たり前の環境で育った私が、急に「子ども優先」にシフトしようとしたことで、
そのしわ寄せが、自分の中に出てきたのかもしれません。
結果として、
「子ども優先」のつもりなのに、
どこか不機嫌な母親になっていましたのですね……トホホ。親子関係は「勝ち・負け」の二択になりやすい
日頃の親子関係を振り返ると、不満や恨みが生まれる場面って、
親が一方的に決めている VS 子どもの意見を丸のみしている
このどちらかであることが多いんですよね。
つまり、親が勝つか?子どもが勝つか?の、そんな二極構造になりがちなのです。
実際、受講中の方から、こんな声がありました。
現在受講中の方から
確かにその通りです。
子どものために、買い物に付き合い、欲しい服を探し、食べたいモノを食べました。でも散々つき合わされても全然決まらずにだんだんイライラしてきてしまうんです。
それでもう「いい加減にしてよ」って、怒ってしまうと、今度は子どもは逆ギレしてしまい、結局イヤな空気が残るんです。
で、帰宅後など一人でバタバタと家事をしているのに子どもは寛いでいると、だんだん腹が立ってきて・・。
そういうことだったんですね・・。
このケース、一見すると「子ども優先」に見えますよね。
でも、親は内心イヤイヤ付き合っていて、不満がたまっている。
子どもも、親が本当はイヤだと感じているのが伝わって、素直に喜べない。
お互い、ちょっとずつ傷ついている状態です。
勝ち負けを手放すと、関係は驚くほどラクになる
親が押し通すVS子どもが我慢する
あるいは、
子どもが押し通すVS親が我慢する
一見「おあいこ」に見えても、そこには常に勝ち負けがあり、小さな傷が積み重なっていきます。
だから、人は無意識に意地を張り合ってしまうのです。
「絶対ダメ!」
「買ってくれるまで帰らない!」
こうなると、
もはや何の対立だったのかも、わからなくなってしまいます。
せっかくの親子の時間。
お金も時間も使っているのだから、もっと気持ちよく、楽しく過ごせたらいいですよね。
どちらも負けない解決法を、体験で学ぶ
親子関係の質は、日常のごく小さなやりとりの積み重ねで、少しずつ形づくられていきます。
私自身、対立は今でも得意ではありません。
それでも、
「こんな考え方がある」
「こんな関わり方もできる」
そう知っているだけで、心の重さはずいぶん変わりました。
今日のやりとりが、
ほんの少し穏やかに終わった、そのとき。
そこに、関係が動く入口があります。
「お母さん、ありがとう」
そんな言葉が、ある日ふっと、自然に返ってくる。
親子の関係には、そんな静かな変化が、ちゃんと起きる力があります。