子どもに対して、
いつの間にか「腫れもの」に接するように気を遣い過ぎてはいませんか?
子どもを「腫れもの」にしなくていいのは、
彼は「腫れもの」じゃないからです。
「腫れもの」じゃないから、
「腫れもの」に接するように、気を遣う必要はありません。
ただ、
人は一人になりたい時があるし、
誰とも話したくない時があるかもしれないから、
気は配ります。
それは、心を配るということ。
「腫れもの」に触るように接している時、
人は、
自分に被害がないようにと、自分のことを考えて接しています。
それって、
自分に焦点が当たっているということですね。
あなたの気持ちはどこを向いていますか?
誰に焦点が当たっているでしょう。
傷ついた心を癒すためには
傷ついた心に、ただ、焦点を当てて、
よく、観察してみる。
深い傷みに想いを馳せる。
ただ、それだけです。
人間関係では、
黙っていては伝わらない事があるけれど、
あえて、黙っていることが、
何かを伝えている場合もあります。
黙っていても、
黙っているから、
伝わり合うコミュニケーションがあります。
人は、相手の心に焦点を当てているとき、
自分のことを考えることはできません。
「これで、あってる?」
と思っているうちは、相手の心に焦点はあっていないのです。
相手の内面に思いを馳せることは、
一時的に、自分の考えや感情から離れる行為です。
それは、紛れもなく、真の愛の行為であり、
精神的な安定がなければできないことです。